Gunosyのおもしろさ

学部学生の頃からの知り合いであるGunosy CEOの福島君スーパークリエータの認定を受けた。めでたい。

これを機に、一ユーザーとしてこのサービスについてコメントしておこうと思う。 Gunosyは、毎日(設定により一日一回)、その人が関心を持つであろうニュースをいくつか見繕って送ってくるサービス。ユーザーのウェブサイトの閲覧などの行動解析により、”賢くなって行く”ものといううたい文句だ。少し古いが、こちらの概説記事を参照されたい。

このダイヤモンドの記事の出だしが示すように、”情報収集”を実利的なものとしてとらえ、Gunosyはそのためのツールである、とみなしているようだが、僕はそのようにGunosyを見ていない。Gunoxyの存在意義はニュースキュレーションを通じたエンターテインメント性にあると思っている。

多くの人が称賛するように、Gunosyは「自分に合ったニュースを届けてくれる」という感覚を生む。だから「便利」と思う人もいて良いし、サービス提供者が功利性や利便性を目指すことも誤りだとは思わない。

ただ、本気で目的にかなった情報収集をしたいなら、それは”見繕ってくれる”とか、”届けてくれる”といった自分のコントロールの効かない方法に頼って居心地がいいはずがない。Gunosyに含まれる情報が自分の仕事にダイレクトに直結する確率、という点からすると全くダメ、といわざるを得ないし、Gunosyにそれを期待もしない。Gunosyを「実利的な情報収集のエンジン」として使うなら、テーマや情報源の特定、キーワードなどのパラメータ指定ができないと意味がない。

Gunosyは、利用者を、適度な受け身に置いてくれるところに妙味がある。全く関心のないものを排除してくれているだけで、自分が関与し統制をきかせているような錯覚に陥る。半分ぐらい関心のあるニュースが含まれていれば、「自分に合っている」と読者としては判断するだろうし(それは、あなたの性格はこうです、と断定されるとよほど違っていない限り受容してしまうのと同じこと)、「役に立つ情報収集」の範疇にない下世話なものを少し含んでいたとしても、それが楽しいものであれば読むし、関心のないものであればアクセスしなければいいだけである。

自分のケースで言うと、日本の新聞やテレビの報道に較べると、国際ニュース、経済ニュースや科学ニュース記事(多くはオピニオンや解説を含む)の比率が高く、芸能ニュースやスポーツニュースはほとんど含まれておらず、意外なものとしては2ちゃんねるなどで話題になっているトピックなどが混ざっている。総じて「つまみ食いしておいしい」情報のアソートメントになっている。

これは、電波に「ニュース」が支配される前の新聞の面白さではないだろうか。新聞は、世の中で起きている、知らないこと(ニュース)を新聞社が見繕ったパッケージ情報として一日一回届けてくれる、いわば情報のびっくり箱だったと思う。国民として知っておくべきことは一面で知り、その他自分の関心に応じて好きなところを拾い読み、すなわちつまみ食いすればいい。家族それぞれの趣味に応じて、スポーツの結果も、音楽評論も、小説もあれば人生相談もあり、読者のオピニオンもあり、マンガも載っている。そして、モビリティも高く、駅で買った新聞は喫茶店でも会社のデスクでも読める。

これが、速報性を電波媒体に委ねるとなると、事実としての「重要なニュース」を新聞で知る意味は一挙に薄れる。それは、配達された、あるいは新聞を買って読むときの「ワクワク感の喪失」に繋がったのではないだろうか。これがさらに、オンラインでの情報流通が進むと、新聞の画一化された情報パッケージは、その存在意義がますます希薄なものとなったと考えられる。そうした、新聞のエンターテインメント性をネットニュースの時代に復活させたGunosyを「未来の新聞」、と評するのは正鵠を得ている。

目的的な情報収集は、その目的に沿って「こういう情報が集められてくるべきである」という一つの基準が定められている。だから、集められた情報に対する態度も理性的でクールなものにならざるを得ない。また、情報が必ずしもフォーマット化されて縮約されていない分、読むか読まないかを峻別するのが難しい。逆に、Gunosyは「システムが見繕った」という受け身の分、驚きやワクワクがあり、個別のニュースのフォーマット化されていて読むかスキップするかも判断しやすい。そして、「自分に合った」というアイデンティティのつながり、すなわちEngagementを最初から備えていることがこのサービスの強みだと思う。

このサービスは「学習によってどんどん賢くなる」とうたわれているが、もしそうだとしてもそれは最初のうちだけだろう。人間の興味関心は、ある一点に収斂するような固定的なものではなく、その人が置かれた環境や動因によって常に移ろうものである。就活中なら、それにまつわるニュースやオピニオンに関心があるだろうが、内定を獲得した途端にそちらへの関心は雲散霧消して、旅行や恋愛に関心が移るなどということはざらにある。つまり、常時機械学習する意味は、移ろいゆく関心をモニターし、追随してゆくことにあると僕は思っている。

昨日のエントリでも少し触れたが、行動リターゲティングなどは、どうも人間の関心を巡って静的なモデルを基礎にしているのではないか、あるいは技術的に経時変化を追いかけることを取り込めていないのではないか、と僕は感じている。Gunosyのメンバーが日々磨きをかけている、「関心のトラッキング」および「喜ばれるレコメンデーション」のノウハウが、マーケティングコミュニケーション全体に還元されることを願っている。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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Gunosyのおもしろさ への2件のフィードバック

  1. Bun Oshita より:

    段落区切りの間違いを発見したので、訂正してます。

  2. ピンバック: あ、これはどうも。賢い人。昨日のに続き。: “Gunosyのおもしろさ | TA EIS HEAUTON” » エフ・ポータル

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