オンライン広告考1 Ad Stalking

苫米地英人というよく知らない人の目標達成プログラムという通販の広告バナーを誤ってクリックしたばかりに、インターネットのサイトを訪問する度に、何度も何度もこの広告に晒されることになった。このバナーにはインパクトを高めるためであろうか、ぎょろりと目を剥いた苫米地の顔が配されている。

そもそも、この目標達成プログラムという胡散臭い商品には全く興味がない。したがって普段なら無視するだけだが、この広告の振る舞い、すなわち露出は度が過ぎた。試みに記録してみたが、数時間の間に訪問したほぼ全てのサイトの目立つ場所で、この広告を目にすることになる。例外は、広告を掲載していない大学やらアルジャジーラニュースなどだった。

ニューヨークタイムスの記事を読もうとしても、題字下に苫米地が現れる。YouTubeで音楽を聴こうとしても苫米地の顔を見るはめになる。ついには苫米地に追いかけられ、睨まれているような錯覚に襲われることになる。ここまで広告に嫌悪感を催したのは初めてのことである。

まるで、広告にストーキングされているような気がして、Ad Stalkingというコトバが頭に浮かんだ。オリジナルなコトバかも知れないと検索をかけたら、すでにこのコトバは使われていることを知った。

さらには、こうしたAd Stalkingを禁止すべきだという意見もComputerWroldのサイトで2010年に提起されている

Cookieをクリアすることで、苫米地の顔に追い回されることはなくなったけれども、それに代わってダイエットやら健康食品のコマーシャルに追われ続けることになった。顔よりはマシとは言え、これらの商品やサービスには関心もなく、購入したり有料サービスを受けたりすることは金輪際ない。また、関心のない商品を際限なく表示する傾向のある楽天からは、できるだけ商品を買わないようにしている。

リターゲティングによって、広告の露出をコントロールできるようになったことは、広告主にとって喜ばしいことである反面、「クリック=関心がある」と機械的にみなしてしまう、低レベルの判断システムによって無用の攻撃性を発揮してしまうと言う広告の新たな側面を、オンライン広告に携わる者はもっと強く認識すべきだと思う。

リターゲティングとは文字通り、消費者を狙い撃ちするものであって、to huntの姿勢をむき出しにしているとも言える。To harvestを望むのであれば、本当にその広告がオーディエンスに望まれているかというチェックを厳密にチェックする方法を編み出すか、個別の広告についてこれ以上露出するなという意思表示を認めるかのいずれかだろう。Facebookは後者を可能にした希有な媒体である。

広告

大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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