主体的に待つことの意味–西きょうじ「情報以前の知的作法–踊らされるな、自ら踊れ」評

西きょうじ著「情報以前の知的作法–踊らされるな、自ら踊れ」を再読した。出版とともに頂いて一通り目を通したのだが、放っておいた。注が大きく書かれていたり、自ら書いたものに後からコメントをつけたり、ところどころ馴染めない、と思っていたからである。もちろん、それらのことはこの本が対象とする読者–すなわち下は中学生くらいから上は若手社会人や自己啓発好きの大人に至るまで–への著者からの心を込めたサービスであることはわかっていたが。

能弁な本である。博識な著者の好奇心のおもむくまま、話題はあちこちに飛び、一見まとまりがない。著者はそのことを百も承知でやっているのだろう。その時々、思っていること、思いついたことを語りきる、というのがこの人の長く続けたスタイルのようで、独特のリズムがそこにある。こういう本はそのリズムに乗るのが心地よい。

とはいえ、面白いネタが満載なので、一々そこで引っかかる。語りのリズムと読むリズムをうまく合わせるのがなかなか大変。2回読まないと読んだ気がしなかったのはそこにある。最初に読んだ時は、リズムに乗らず、2回目では自分のリズムで。最初は自ら踊って(踊るつもりで)読んだわけで、それでは楽しくなく、踊らされて読んだほうが楽しい本だという、なんとも皮肉な読書体験をさせていただいた。

大きな活字の注にでくわすと、ああ、これは読書になれていない読者のために、注の役割を教えようとしているな、とか手書き風のページ番号を見つけると、ひょっとするとなかなか読み進まない読者への心遣いだろうか、とか言う具合。引用、参照されている本を見てはああ、そうそうと思い出し、デジタル時計の秒針に対する思い入れの披瀝に対して、彼が身につけていたフランク・ミュラーが蘇り、自分は黒檀のような重くて堅い木の箸でなく、軽くて明るい花梨の箸を普段使っていることがふと浮かぶ、等など。

本を読んで考えたことの一つは、この本の帯、そして著者はしがきに書いてある、「さまざまな状況がめまぐるしく変化していく中で、あえて一度立ち止まり、ゆっくり思考を熟成させ、情報に踊らされないリテラシーを身につけること」というこの本の主題について。

著者のベストセラーである参考書に「ポレポレ」を冠していることから、著者はかねてから時間をかけて何かを行うことの意義を伝えようとしてきたのだと思う。因みにポレポレとは、スワヒリ語でゆっくりという意味。(僕は、このコトバを聞くと岩合日出子の書いた「アフリカポレポレ」という本を思い出す)

ところで、この主題を縮約すれば、「主体的に待とう」という呼びかけではないかと考えた。そのことがもたらす効用について、図にしてみた。これらの効用は、すべて「待つ人の主体性」によって支えられている。仮にこの主体性を欠くことで、待つことの持つ「遅い」「非効率」「鈍重」などの負の側面が立ち現れる。

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生き馬の目を抜くビジネスの世界で、遅いことは致命的ですらある。それゆえ、ビジネスマンは早く、少しでも早くと叱咤される。そうして、いつしかゆっくりすること(遅いこと)はいかなる局面でも悪しきことだと錯覚してしまう。主体性を欠いてただ急ぐことで、急ぐことの負の側面に晒されることになる。かつてIBM社員が常に目にしていたであろう、Think!の背後には「主体的であれ」ということが潜んでいる、と気づく。

そもそも、人生は生き急ぐことを前提としていない。長く、ゆっくりこの世に遊ぶことを誰しもが味わいたいと願っているはずだ。

などと考えながら、この本を読んだ。自分の中にしっくり収まるまでに時間がかかるように、著者の手腕で見事に踊らされたというわけである。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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