不言実行の劣勢

選挙の時期になると、有言実行というコトバが目につく。マニフェスやら公約というものは黙して語るでは成り立たないから、やります!ということを印象づけるためには、不言実行では都合が悪い。

Google Trendsを見ても、不言実行の劣勢は一目瞭然である。

不言実行は有言実行の5分の1程度。2007年半ばまでは0である。つまりは、不言実行は21世紀の世情に合わなくなったコトバだと言えるだろう。
大辞典にもあるように、有言実行というコトバはもともと不言実行のもじりとして生まれたことは知られている。

不言実行というコトバの持つ意味は、一々宣言せずとも、黙って実行することことの価値である。「実行するのは当たり前」ということであって、わざわざそれを口にするのは格好悪いという美学がそこにある。隠れて努力することへの賛美もある。

翻って、有言実行は言ったことを実現することに価値を認めるものだ。「実行すること」が実は大変難しく、言ったことを達成できるなんて素晴らしい、とう認識である。有言実行の対象は、できるかできないかぎりぎりの夢や目標であれば、それはかっこいいということになる。しかし、有言実行は、政治の文脈では得てして約束(選挙公約など)を守るという意味になる。しかし、政治の約束は約束であって、実行するのが当たり前ということがそこになければ政治家はその職責を果たしたことにならない。

有言実行の対象は、職務などの役割に応じて実現すべき約束なのか、努力目標なのか、運や才能にも恵まれて初めて可能な事柄なのか、その範囲は広い。また、有言、すなわちコトバにした途端に他者からの注目、監視、場合によっては支援賛同応援を期待するものである。見られることによって自分を奮い立たせる効果を狙う場合もある。ただ、称賛に値する有言実行は限られる。自発的に看板を掲げた場合よりも、言わされてしまった約束(のようなもの)、である。インタビューで「メダルの色は何が良いですか?」といった質問の類いである。

本来、その人が抱いた夢や目標のために、密かに努力するというという行為を尊重せず、あからさまにあなたには注目をしていますよ、さあ目標をきかせてください、金メダルを取るという夢を一緒に共有しましょう、という押しつけがましい行為の跋扈が、不言実行というコトバを殺してしまったのかも知れない。雄弁は銀、沈黙は金だったはずではなかったか。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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