高広伯彦のイライラが詰まった本 (「次世代コミュニケーションプランニング」評)

新しいプランニング思考法と銘打って、メディア過渡期のプランニングについて一通りの説明がなされている。 http://amzn.to/JnQSu3

ビジネス書ではあるのだが、著者の個人史なども含まれていて、副題の英文や前書きから感じるそこはかとない気負いに加え、イライラのようなものを感じる。

彼のイライラは、主として次の人々に向けられ、同時にこの本での啓蒙を意図しているように思われる。

1) 旧来のマスマーケティングと一体化した旧型のマスメディア主体のコミュニケーションの方法以外に目を向けない人たちに向けた、古い知識と経験で今の時代に対応することの困難さや無謀さ、そして頑固さを打破することの啓蒙。

2) 新しいメディアには敏感に反応し、ある意味よく勉強もし、経験も積んでいるにもかかわらず、コミュニケーションとは何か、あるいはマスメディアの持つメディアの、金額的規模やリーチの大きさなどによるインパクトの強さなどを知らない、または関心を払わない人たちへの啓蒙。

3) より幅広くは、アウトプットの質はインプットの質にも依存するという、言わずもがなが通用しない人々。いわゆるオンライン自己の蔓延に対して、インプットの質を上げよという呼びかけ、すなわち知識と経験の重要性の啓蒙。

1)と2)はコミュニケーションのプロフェッショナルを相手にしたときのイライラである。これは、マスメディア中心の時代と、ポストマスメディア、すなわちインターネットを含み次々と現れたニューメディア、とりわけタイム、スペースのブローカレッジを離れたメディア、世の中にまだ媒体として認知されていない「未媒体」とでもいうべきものの「媒体化」を含むメディアクリエーションにまたがった経験と知識を併せ持つ筆者として、もの申せずにいられないという事情によると思われる。すなわち、1)と2)には大きなギャップが存在し、それを乗りこえることなしに、コミュニケーションの根幹であるメディアの適切な使い方(効果的なコミュニケーションデザイン)はなしえないという強い思いがあるに相違ない。筆者が言う「本物の変化への対応」の一つは、旧来のメディア概念にとらわれず、なおかつメディア全体に及ぶ視野の広さを持つべし、ということである。言うは易しく行うは難しの、多くの人にとって耳の痛い話。

1) 2)のメディアの大いなる相違の一つは、物差しの目の粗さの違い。スケール感が違うわけである。喩えるならば、1)は望遠鏡で見る世界だったのに対して、2)は虫眼鏡や顕微鏡の世界。だから両者を併せ持つと言うことが、顕微鏡から望遠鏡までの広いスコープを持つ、ということに近いイメージになる。むろんスケールの違いだけでなく、メディアのダイナミクス、消費者の関わり方も含め、さまざまな性質も異なるし、本来そんなに割り切れるものでもないことはこの本を読めば縷々述べられている。(主な違いは、132ページの図にまとめられている)

さて、この1)と2)は、今がメディアの重心シフト(あるいはメディアスコープの拡張)の時期であるがゆえに、1)と2)の中心となるべき人の年代が異なる。単純化すれば、1)は年配、2)は若輩。はからずも、得意領域の違いは、そのまま世代間ギャップにつながるわけである。筆者は1)をベースとして2)への拡張を果たした人である。すると2)に属する人の1)の領域への理解不足は、これから主軸となる人にとっての大いなるハンディキャップにつながる。加えて、2)世代の持つアウトプット過剰な人に対するイライラ(あるいは心配)が、3)の良質のインプットによってもっと自己の内的強化をはかるべし、という呼びかけに駆り立てたのではないか、と思わせるのである。

著者はとても親切な人である、と僕は思う。この本にはその親切さが横溢している。プロ同士の話で終わらせるなら、彼のオリジナルな主張を多く含むコンテクストに焦点を絞って、深い議論を展開すればすむ話である。それを敢えて行わず、わざわざ「衒学的」と断って冗長にし、知っている人には耳タコの話、あるいは他所での発表内容をたくさん交えているのは、1)と2)の橋渡しや、3)に対する知識強化、はたまた認識や態度の変容を狙って、いや願ってのことだと僕は思っている。

でも、僕も含めて多くの読者には某かの「知らないこと」がそこそこあって、それで楽しんだりも出来るのだと思う。1)の人には2)の話、その逆も然り。3)の人には驚きの連続ではなかろうか。幅広い読者層に向けてのサービスが行き届いている。

結果として図らずも、いや著者の意図通りと言うべきか、この本はプランニングのコンサイスな教科書、入門書になっている。専門的な部分もあるけれども、事例も含んでわかりやすく、平易に書かれている。

著者の第一の主張は、プランニングの初動段階から、対象となる消費者とブランドの置かれた状況、すなわちコンテクスト(決して静的なものではなく、歴史や世情にも左右される動的な状況)をよく把握することが、メディア(コンテナでもビークルでも何でも)のチョイスやコンテンツ、メッセージの組み立て、すなわちコミュニケーションデザインの質にかかわる、ということだろう。そして、コンテクストの解釈のみならず、それを活かすコンテクストの開発も、プランニングの重要なパーツであると説く。

うがった見方ではあるが、「次世代コミュニケーションプランニング」という本を出すに当たって、著者はこの本そのもののコンテクストを解釈し、読んで貰うためのコンテクスト開発を一生懸命に実践しているかに思われる。

最後のパートで、今後のプランニングにおいては、「コンテクストプランナー」と「コミュニケーションプランナー」の二人がタッグを組むのが望ましい、といったことが書かれているが、この二種類の職能の分担などは詳しく説明されておらず、なんとはなくではあるが、「次回予告」の印象を受けた。

ところで、本書の副題は、“コミュニケーションプランニングは、消費者が主導する時代の、広告、マーケティング、PRサービスを救うか?”という疑問の形をとっている。これは著者自身への自問であると同時に、今後もプランナーが皆で問い続けるべき課題、のようにも受け止められるし、読者に感想を求める問いかけかも知れない。一読者としては、今すぐに答えのでる質問ではない、というのが本当のところだろうと思う。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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