Engagement buildingの双方向性について

高広さんの講演録が本人の手により公開されていて、興味深く読んだ。途中いろいろな洞察が入っているのだが、とりわけ最後のインターネットは自販機の考え方で、というところでいろいろ考えさせられたので、メモかたがた記しておく。

改めて感じたのは、インターネットの普及で発信者が動けるようになった、ということだ。とりわけ、広告主あるいはサービス提供者が、オーディエンスの方に動いてゆくことができるようになったことの意味は大きい。自販機の喩えは、メッセージ発信者のユビキタス化、と見てとることができる。発信者のポータビリティーが増すことになったことにより、受け手と送り手の距離や目線がさまざまに変えられる。それは、コミュニケーションの自由度と複雑さがますます増大した、ということでもある。

「囲い込む」から「囲い込まれろ」という指摘も面白い。主客の逆転なわけだが、考えてみればコミュニケーションの双方向性を基礎とすると、広告「主」はお金を出すということの一点でのみ「主」であることが保証されている存在で、「客」になって声を聞いたり(最近流行りの傾聴)、お知恵拝借ができたりするわけだ。これも、自ら動く、ということによって可能性は広がる。

囲い込みや囲い込まれは、Engagementをつくる(結ぶ、かな?)、ということと深く関係している。ブランドや製品・サービスとの関係構築の一手段なのだが、そのプロセスには方向性がある、ということも改めて気づかされたことのひとつである。

Engagementというコトバは、Loyaltyよりも双方向性の強いものだが、しばしばその両者が混同され、ついついブランド、製品/サービス提供者に対して人々を引きつけよう、という観点でのみ捉えられていることがある。とりわけ、ゲーム化のような、誘因力の強い手段を扱う人にとってこの傾向は顕著だ。課題となるのは両者の関係性なのだから、でんと構えてオーディエンスが動いてくれるのを待つのではなく、誘因力の強い素材や手段を、どうしたら自らのポータビリティを発揮できるのか、あるいはそうした手段と平行してオーディエンスにとってのRelevancyやAcceptanceを高められるのか、という発想が求められるのだろう。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
カテゴリー: Game+Marketing, MarCom タグ: , パーマリンク

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