ゲーム化と訳すべきでない、という反論に応える

前回のポストに対して、早速「ゆめみ」の深田さんからコメントがあった(前回ポスト下のコメント欄)。彼は、ゲーム化もしくはゲーミフィケーションにいち早く着目し、このコトバないし概念の普及、そしてビジネスの確立を目指している人だ。彼の反論の主なポイントは次の2点に集約されるだろう。

A)検索すると「ゲーム化」という日本語が既にあって、そのニュアンスがGamificationの概念にそぐわない。だから、ゲーム化というと誤解される

B)Gamificationとゲーミフィケーションの意味空間は同じと考えられない。

この2点について言うと、深田さんの主張にも説得力がある。ただし、結論だけを言ってしまえば、「ゲーム化」で不都合はないし、そうあるべきだ、というのが現時点での僕の意見だ。

この2点とも問題の根は「Game」と「ゲーム」の差に由来する。
Gameというコトバは確かに、Olympic Gamesや、狩りといった日本語では使われにくい場面でも幅広く使われていた。しかし、日本人から見てGameとゲームはほぼ差がないと見て良かった。しかし、家庭用ビデオゲームコンソールの登場で「Game」と「ゲーム」の差はもっと広がった。英語では従来のGameとコンソールで遊ぶゲームを区別するために、Video gameというコトバが使われ、それを使用する頻度も日本語の場合に較べて多い。日本語でもビデオゲームという言い方はもちろんあるが、ビデオゲームとゲームの区別をあえてせず、その場のニュアンスで使い分けている、というのが現状だ。つまり、区別する度合いが日本語と英語で違う。

つまり、日本語で「ゲーム化」という場合、「アニメや映画などの原作をベースにしたビデオゲームを制作する 」ことが連想される。ビデオゲーム制作の「ゲーム化」とは違う、ということをいちいち説明するよりは、ゲーミフィケーションと言えば誤解が少なくなるではないか、というのが深田さんの主張。違うものを一緒くたにするな、誤解されるではないか、ということだ。

深田さんの主張を敷衍すると、Gamificationとゲーミフィケーションは、「Game」と「ゲーム」が違うから区別すべきだ、ということになる。僕の主張は「化」と「ification」が同じだからいいではないか、というもの。ゲームとビデオゲームが区別されないのは、区別なしで不都合が起こらないからだ。

深田さんは、こうも言う。

ゲーミフィケーションの説明をする際の典型的な誤解として「ゲームをサイト内に導入するってことですよね!?」てのがありますが、「ゲーム化」と翻訳するとその誤解が余計に生まれるように思ったので避けています。

誤解があるのは、英語とて同じ。「余計に」生まれるか、が議論の焦点だろう。

ゲームのサイト内への導入、という意味は、どちらを使おうがコンテクストによって、ごく狭い範囲では許容される。「ゲーム化」もしくは「ゲーミフィケーション」は、一般にそれより広義の概念であることは、われわれがいうゲーム化とはもしくはゲーミフィケーションとはこうである、という説明、説得、啓蒙よって生まれる。繰り返すが、訳語の問題ではない。

誤解が「余計に」生まれるとしたら、既存のコトバに馴染んでいるために「知ったかぶり」や「早とちり」が増える、ということなのだろう。しかし、誤解する人は、新しい概念に関しては「無知」であることには違いない。いずれにしても「理解していただく」必要はあるのだ。

こうして考えてみても、ゲーム化でなく、ゲーミフィケーションという新しいコトバが必要な理由が良く飲み込めないのである。(だから議論しているわけであるが)。ゲーミフィケーションがあった方が都合がよい、というのもなんとなくありそうな気がするのだが、今のところ腑に落ちない。そして、「ゲーミファイする」という、ゲーミフィケーションに付帯して出てくる言葉が、誤解を生まない代わりに「違和感」「消化不良感」につながるように思うし、何をおいても自分が「忌避感」を感じたのがこの提案の発端だったのである。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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ゲーム化と訳すべきでない、という反論に応える への1件のフィードバック

  1. Koji Fukada より:

    「誤解があるのは、英語とて同じ。「余計に」生まれるか、が議論の焦点だろう。」
    とおっしゃるのはまさにそのとおりだと思っています。英語でも「gamification」という言葉が誤解を招きやすい表現であるというのは、特に1月のゲーミフィケーションサミットでは議論として上がっていました。game、という言葉は英語だと獲物というような意味だったり日本語の「ゲーム」よりも幅広い意味があるんだろうなと思っていたのですが、そんな英語圏でもいわゆる「デジタルゲーム」の意味として捉えられかねない、という意味で誤解を招きやすいという意見が見られたのは興味深かったところです。

    僕の意図として「ゲーミフィケーション」と言ったほうが誤解が生まれにくい、ということがありました。ただ、実際にはいずれにしても誤解は多かれ少なかれ生まれていますし、新しい概念についての理解が浸透するまでには誤解を解く努力は必要だろうなと感じています。なので、訳語の違いによる「余計さ」はむしろ許容して、概念としての魅力や有用性を伝えることにフォーカスしようと考えた、という経緯もあります。安易なカタカナ語を使用するべきではないという意見もあろうかと思いますが、僕としてはそちらにリソースを割くほうがトータルで見てよいと判断した、ということです。

    ちなみにおっしゃるように「ゲーミファイする」という表現には僕自身も違和感あります^^;
    「ゲーミフィケーションをWebサイトに施す・適用する」というような(ちょっと自分的にも苦しい表現だなと思いつつ)言い方をしています。ここもいい表現あるといいですよね。。。

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