ネット上のサービスは、複数の人格に着目しはじめた

前回のエントリで、僕が主張したことはGunosyのようなレコメンデーションサービスが、ネットワークにアクセスしている自分の情報を一切合切検索した上でその「おすすめ」を提示すると、自分の本来望まないものがことさらにそこに含まれることになる、という危惧だった。(もちろん僕はブラックボックス化されているGunosyのレコメンデーションアルゴリズムを全く知らない。)

それは言い換えれば、自分の人格(あるいはモード)の全体を自分として認めているわけではなく、その時々であるべき自己が異なっていて、いろいろなモードが混在した結果、というのは却ってリアリティを損ねる、あるいは自分にとって不都合になるということを意味する。

つまり、あれも自分出しこれも自分だ、という自分を分けてしまった方が、いい場合があると思われる。そして、匿名か実名かという議論を通じて出てきたのが、複数の人格をマネージすることだってできることにもっと着目しよう、というChris Pooleの主張だ。(Wired 「匿名性と実名性:ネット上の人格を考える)

Chrisは言う。

『Twitter』はFacebookよりアイデンティティーをうまく扱っている。というのは、ハンドル名、複数アカウント、偽アカウントなどを許容することで、ID駆動型ではなく関心駆動型という特色を維持しているからだ。一方Googleは、オンラインにおけるアイデンティティーの表現を革新する「大きなチャンス」を逃した。Circlesのようなものを、オーディエンスを選択できるだけでなく、リッチな自己表現のためのものにすることもできたはずだ。

結局、Gunosyが自分にとって有用だ、と思われるモードに限ってサーチする仕組みを取り入れてくれれば、僕はこのサービスを手放せなくなるだろう。

ところで、この記事を紹介してくれたのは、何を隠そうGunosyだったのである。

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大下文輔 について

Communication Strategist, Freelance
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